
保育士試験「保育原理」で問われる日本人は、その約6割が「倉橋惣三(そうぞう)」という人です。

倉橋惣三は、保育所保育指針の原点である「保育要領」の作成にかかわった人物。
日本の「保育」とは、切っても切れない人物であり、保育士試験で問われる日本人の中でも、特にその思想について、深く問われています。
他の人物は、ほとんど人物+キーワードで解けちゃうのにね。

倉橋惣三って、なんで重要なの?!
そもそも、倉橋惣三ってどんな人物だったのでしょうか?
倉橋惣三ってどんな人?
倉橋惣三(そうぞう)は、静岡市生まれ。
でも、お父さんが少々見栄っ張りだったようで、小学校の途中から母と二人で上京し、東京で学びました。
子どもが大好きだった倉橋惣三は、学業の傍ら、東京女子高等師範学校附属幼稚園で子どもたちと遊んでいたそうです。
そんな感じで、立教大学大学院児童心理学を修了。
東京女子高等師範学校講師→教授→東京女子高等師範学校附属幼稚園主事(園長)になりました。
※東京女子高等師範学校は、設立当初(明治期)には「東京女子師範学校」とよばれていましたが、その後何度か改称し、倉橋惣三のころ(大正期)には「東京女子高等師範学校」となっています。(試験では問われませんが、気になった方のために一応・・・)

倉橋惣三の思想キーワード
保育原理でよく問われる倉橋惣三の思想のキーワードはこちら!
- フレーベル主義
- 児童中心主義
- 誘導保育
- さながら保育
- 「生活を、生活で、生活へ」
それぞれのキーワードについて解説していきます♪
倉橋惣三はフレーベルLove♡
「日本のフレーベル」と言われる倉橋惣三は、保育士試験でおなじみの人物「フレーベル」の思想が大好きな人でした。
- ドイツで世界初の幼稚園「キンダーガルテン」を創設
- 「恩物」を考案
- 著書『人間の教育』
(ちなみにフレーベルは、倉橋惣三が生まれる前の時代の人ですよ!)
明治時代には、フレーベルの思想が日本でも導入され、「恩物を使った保育」が行われていました。
ところが、日本で行われていた保育は、恩物を使ってはいるものの、手順が多く、堅苦しく、フレーベルが目指していた遊びを通しての保育とはかけ離れたものでした。 (せっかくのいいものも、正しく使わなければ逆効果ですよね。)
倉橋惣三は、
- 明治日本の恩物主義は、フレーベルの思想を無視している!
- 自由遊びが中心であるべきだ!
- 子どもの「自発的な伸びる力」を重視しよう!
と考え・・・
ん?なんか、フレーベルっぽいけど、
この考え方って児童中心主義?デューイ??

実際、東京女子高等師範学校附属幼稚園の園長になった後、倉橋惣三は渡米し、シカゴやコロンビア大学付属の幼稚園を視察しているので、デューイの児童中心主義の影響も受けているんでしょうね。(デューイと倉橋惣三は、ほぼ同じ時代の人です)
誘導保育「幼児保育としては極く一寸する丈のこと」
倉橋惣三は、「誘導保育」を重視しました。
これは、子どもに自由に遊ばせ、その中から子どもが自身の生活やルールに根差した「自己実現」に至ることを目指し、そのための「誘導」が保育の最も大事なものであるという考え方です。


自由に遊ばせているだけでもダメで、何でもかんでも教えてやらせるのも違う。
子どもの内なる力を信じて、ちょっと手を貸してあげる、それが誘導保育です。
誘導保育の保育方法と計画
- 幼児のさながらの生活(一人一人の自発性に基づく「さながらの生活」からスタート)
- 自由と設備(自由の要素を多く取り入れ、自己実現力を発揮できるよう設備を整える)
- 自己実現(十分に遊ぶことにより自己充実に至る)
- 充実指導(子どもが充実できないでいたら、子どもの中に入り、誘導する)
- 教導(もう一つ、これを加えてやりたい、ということを教導する)
このような過程があることを、著書「幼稚園真諦」に書いています。
幼児の生活を「さながらにしておく」ことをじゅうしし
生活を、生活で、生活へ
倉橋惣三の誘導保育は、戦前の日本において「生活を、生活で、生活へ」という標語のもとに取り入れられてきました。
- 生活を:幼稚園の生活を
- 生活で:子どもたちのさながらの生活に合わせていくことで
- 生活へ:目標としての生活を実現へ

子どもたちのさながらの生活を重視したことが、わかりますね。
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- 幼児生活の価値を認め、幼児の生活を保障することの必要性を提唱した。 →〇
- 幼児の生活を「さながらにしておく」ことが大切であるとし、そこでの幼児の自発生活を尊重した。 →〇
倉橋惣三のやったこと
倉橋惣三の功績を見てみましょう。
1935年「系統的保育案の実際」を公表
東京女子高等師範学校附属幼稚園の保母らとともにまとめた、誘導保育案で、日本における初の本格的な保育カリキュラムといわれています。
1948年「保育要領」の作成
「保育要領」は、今でいう「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」の原型となるものです。
ただし、倉橋惣三が作成した当時は、法的拘束力はありませんでした。
内容は、
- 見学
- リズム
- 休息
- 自由遊び
- 音楽
- お話
- 絵画
- 製作
- 自然観察
- ごっこ遊び・劇遊び・人形芝居
- 健康保育
- 年中行事
といった子どもの興味や自発性を重視した12項目になっていました。
しかし、幼稚園、保育所で使用されるだけではなく、家庭で育児をしている母親の参考になるようにと作られたところまでは画期的だったのですが、その後「じゃぁ幼稚園の独自性って何?」「家庭教育でもいいんじゃん」となり、法的拘束力を持つ「幼稚園教育要領」が作成されました。
倉橋惣三ミニテスト
ちょこっとまとめ
東京女子高等師範学校附属幼稚園主事(園長)を務めた倉橋惣三は、日本の保育カリキュラムにも大きな影響を残しました。
倉橋惣三について、今回はかいつまんで書きましたが、彼の思想については細かく聞かれることがあるので、時間があれば一度本を手に取ってみるのもいいかもしれませんね。

「保育に携わる者なら知らない人はいない」と言われるほどの重要人物なので、この機会に詳しくなっておきましょう(^▽^)/
倉橋惣三に詳しくなる! +αミニテスト




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